雑談︰甲子園7回制問題への私見
夏の甲子園真っ盛り、青春時代の全てを白球に捧げる高校球児たちの姿は、時にプロ野球よりも熱い感動を与えてくれます。
ところが、現在その甲子園を巡り、7回制導入という思想が物議を醸しているのは、野球ファンなら耳にしていることでしょう。
事の発端は、近年の異常なまでの夏の暑さ対策、球児たちの安全面への配慮からであることは言うまでもないのですが、だからこそこの問題を厄介なものにさせています。
かつてコロナ騒動の折、グローバル思想にかぶれた一部の政治家が、「失われた子どもたちの思い出への配慮」という建前を盾に、新学期を9月へ変えようと目論みました。
幸か不幸かコロナによる自粛期間はそんな程度のスライドでは賄えきれないほど長期にわたった為に、その活動は立ち消えとなりましたが、もしも実現していた場合、8月の酷暑の中の卒業式、9月の猛暑の中の入学・入社式という、日本の、日本人の生活様式を大きく歪める事態となっていたでしょう。
話を甲子園に戻すと、7回制導入を推している人たちは、野球そのものの様式が歪むことへの影響に想像が及んでいないとしか思えません。
7回制野球と9回制野球とでは、奪三振記録や通算本塁打などの意味合いも変わるため、これまでの高校野球とは違う競技となり、過去の記録は全て参考記録扱い、現代との比較も出来なくなり、歴史的分断が生じるでしょう。
そもそもこの問題は、甲子園大会における熱中症対策として、野球の形そのものを変えてしまうことまでを許容しようとするからややこしい話になるんです。
野球のルールは歪めない!夏の甲子園という時期、場所も変えられない!
譲れない・譲ってはいけないポイントをハッキリしたうえで、じゃあその縛りの中でどうやって安全を担保するのか?
そのアプローチこそが、球児たちが本当に望む形での高校野球、甲子園大会の継続に繋がるんだと思います。
誰もが100%納得する形、回答は難しい問題ですが、人生の一番輝かしい時期を野球に捧げる球児たちの気持ちが最大限尊重される着地点に収まってくれることを願っています。
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